その男は、大きな黒いバッグを背負ってやってきた。小柄な女性なら1人は入れるかというようなバックパックだ。
自分のことを『榊原』と名乗った彼こそが、早稲田大学22号館で寝泊まりをしている男。
2時間にわたる編集部の独自インタビューに応じた彼の口から出てきたのは、早大生による驚くべきホームレス生活だった!
「つーつーおーる!」編集部が総力を挙げてお送りする自分語り調の連載「ホームレス早大生」全4回の第2回目です。
費用0円を目指して
1年間休学してもお金がたまらないと分かったので、榊原さんは所沢の家を出た。すべての家具を名古屋の実家に運び込み、名古屋と東京を往復する生活が始まったのだった。
その頃榊原さんは警備のバイトをやっていた。丸1日仕事に入って1万8000円、それを週2で繰り返していたので、15万の稼ぎになった。しかも、週2回出勤するだけでよかったので効率がいいバイトでもあった。
所沢の家を引き払ってから次の年の1月頃まで、榊原さんはバイトが終わると名古屋に帰る生活を送っていた。
愛知から東京の往復は新幹線だと2万円くらい、バスだと片道2000円くらいで行けることもある。仮にそれができたとしても、名古屋についてからの電車賃がかかってしまう。それもばかにできない金額だと感じるほど榊原さんは追い詰められていた。
「最低でも月2万~2万5千円くらいかけて往復するくらいなら、部屋を出払った意味がなくなってしまう。やっぱり究極に安い部屋を借りて荷物だけでも置いたほうがいいと思いました。」
結局榊原さんは、毎回ヒッチハイクで東京名古屋間を往復することになった。
実は、榊原さんの家は東名高速道路の「刈谷パーキングエリア」から30分のところにある。
「ヒッチハイクを始めるまで、まったく知りませんでした。まさに自分はヒッチハイクをするために生まれてきたんだと思います。」
最寄り駅のような感覚でパーキングエリアを使う男、それが榊原さんだったのだ。
100キロぐらい平気で出すバス運転手などだと、うまくいけば3.4時間ぐらいで行けるようになった。全然拾ってもらえない時には10時間かかることもあるので、平均すると7時間いかないくらいかかることもあった。
ヒッチハイクにすると、結局授業に遅刻することも多くなった。
ヒッチハイクの極意
ヒッチハイクは高速道路のパーキングエリア停車している車に乗っている人に直接話しかける方法で行う。まず名古屋や大阪付近のナンバーを探して車に人が乗っているか確認する。人が乗っていたら窓をノックをして、「乗せてもらえないでしょうか?」と頼むのだ。
乗用車に頼む場合は単に面白そうだから乗せてくれることが多いが、トラックなどの場合は、運転中に運転手が睡魔に襲われるのを防ぐために話し相手として乗せてくれる場合が多いのだそうだ。
そして、トラックと乗用車に乗る割合はそれぞれ半分だ。トラックの場合、足立ナンバーとかでも意外と関西とかまで行く人は多いという。ただ、意外と乗用車では遠くに行かない人が多く、遠くても静岡まででいくという人しかいなかったりする。静岡まで行けたとしても、そこから名古屋まで乗り継ぐのは本当に大変なのだ。乗用車で姫路などの遠いナンバーの運転手にに話しかけることもあれば、トラックで東京のナンバーも含め、関西や中部のナンバーの人に話しかける。パーキングエリアでそれぞれ30台のトラックと乗用車に話しかけたとしたら、乗せてくれるのは乗用車のほうが多いと思うが、最終的に遠くまで乗せてくれるのはトラックのほうが多いのだそうだ。
「早く行きたいと思ったら、トラックに乗っている人に声をかけるのが賢明でしょう。」
そして、一般的にヒッチハイクというと、ヒッチハイクをしていることを紙に書いて掲げたり、親指を立てたりするイメージがあるかもしれない。その場合は車から来てくれるので簡単だし、多くの車にアプローチできるので効率がいい。しかしデメリットもある。それは、どこまで行く人に拾ってもらえるかわからないということだ。紙に書いたり、親指を立てているとヒッチハイクの車を断りづらくなってしまうからだ。
「自分は東名高速道路の最初のパーキングエリア「港北パーキングエリア」からヒッチハイクを始めるんですが、「厚木インターチェンジ」で降ろされたら大変です。インターチェンジは高速の出入り口なので車が止まりにくい。次の車を探すにはパーキングエリアのほうが圧倒的に簡単なんです。」
姫路ナンバーの人が神奈川で降りちゃうこともあるにはあるという。しかし8割方の車はそのナンバーの場所まで行く。それならば、こっちから話しかけたほうが自分が成長できると考えるようになり、榊原さんはできるだけ自分から運転手に話しかけるようにしているという。
トラック乗車の掟
実は、トラックの運転手がなかなか乗せてくれない理由は、経費削減のために同乗者保険に入っていないため、助手席などに人を乗せることを会社から禁じられているからだ。取引先の人でも乗せるなということはよく言われているほどで、最悪の場合は助手席に人を乗せたトラック運転手が会社から解雇されることもあるという。
驚くべきことに、昼だと自分の会社のトラックというのは運転している本人にとって遠目からでも同じ会社のトラックだと分かるものだという。だが、夜は判別不可能だ。
8割以上の会社は禁止されているが、運転手が自らの裁量で乗せてくれる場合もある。会社の規則の緩さも様々で、建前上ダメなだけで実際乗せているのがばれてもおとがめなしの場合と、本当にばれたらお咎めを受けるが、それでも乗せてもらえる場合もあるという。もちろん、残りの2割の会社は禁止されていないのでその場合は乗せてもらえる。
「実は、長距離トラックは後ろに寝台があります。車幅はかなりひろく、大人1人ぐらいは寝転がることができる。トラックでのヒッチハイクは楽しいにしても、気を遣うことも多いので寝転がることができると楽ですね。」
後部座席のところが寝台になっているので、高く見晴らしがいい。が、寝台に乗るのは違法だ。理由は、寝台は「座席」ではなく「ベット」という立ち位置だからだという。法的には寝台にいるよりもシートベルトをして助手席に乗せたほうがいいが、隠すためには寝台に乗せたほうがいいと言って勧めてくる運転手もいるという。
そして、もともとトラックに他の人乗せることを想定していないため、助手席に大量の荷物を置いている人もおり、そういう運転手は寝台に乗せてくれることが多いのだという。
「佐川、大和、日本通運などの大手の会社に乗せてもらったことはありません。この大手3社は本当に厳しくて、車内にカメラがついていたり、録音されている場合もあるからです。」
運転手がどんなにいい人でも、乗せてもらえない場合というのもあるのだ。
トラックに乗って分かったこと
実はトラックにはカーテンが付いている。運転席側から助手席側まで、カーテンによって座席を覆い隠すことができるのだ。運転手によっては、対向車線からそうしたらカーテンを素早く締めてくれと言われることも多い。他の運転手が同乗者のことを見ていなければ証拠にはならないし、証拠がなければ知らぬ存ぜずの一点張りで通すことができるというわけだ。
エンジンがついているときには防犯カメラが作動して、エンジンが切れれば防犯カメラの電源が切れるという特殊なトラックに乗ったこともあったという。仕方がなかったので、エンジンをかける前に車の中に潜り込んで、運転席と後部の荷物台の間にあるカーテンを敷いて防犯カメラに映らないようにしたこともありました。その時には、あらかじめどこで降りるか伝えておいて、停車し、エンジンが切れた後に車から抜け出しました。
一番驚いたのは、たまたまトラック会社の近くまで行ったときに、隣に同じ会社のトラックが止まったことだという。
「あの時は本当に驚きました。運転手が怒られるかもしれないとは思いましたが、それによって授業に遅れるとかはどうでもよかったですね。」
榊原さんは授業に出るために帰るというよりも、ヒッチハイクを楽しんでいた。