その男は、大きな黒いバッグを背負ってやってきた。小柄な女性なら1人は入れるかというようなバックパックだ。
自分のことを『榊原』と名乗った彼こそが、早稲田大学22号館で寝泊まりをしている男。
2時間にわたる編集部の独自インタビューに応じた彼の口から出てきたのは、早大生による驚くべきホームレス生活だった!
「つーつーおーる!」編集部が総力を挙げてお送りする自分語り調の連載「ホームレス早大生」全4回の第3回目です。
「パブロフの犬状態」に
2月になると、バイトのシフトが変わった。
毎週2日入っているバイトの間隔が狭まったのだ。これまでは水曜日と土曜日がバイトの日だったのが、木曜日と土曜日になった。中2日だったのが、中1日になったことで愛知と東京を往復するには時間が足りなくなってしまったのだ。
榊原さんは最初の頃は、授業を水木金土に固めた。授業とバイトを水木金土日に詰め込めば、往復する回数が週に2回から1回になると考えたからだ。
まず、水曜日の3.4限は授業に出る。水曜日の夕方から木曜日の夕方にかけての仕事が終わると大学に直行し6限に出る。木曜日の夜から土曜日の昼にかけて22号館に泊まって過ごし、土曜日から日曜日にかけてまた仕事をする。そして日曜日の仕事が終わった後に名古屋に帰る生活になったのだ。
しかし、2014年度になると状況が変わってきた。榊原さんは教職を取り始めたのだ。
教職の授業は(普通は授業がない)7限に入っていたり、土曜日の朝からあったりするものなのだ。そんなると、いくらほとんど単位を取り終えているといっても2日に詰め込むことは現実的ではなくなってくる。
「その時に頭に浮かんだのが、名古屋に帰るのをやめ、毎週24時間空いている22号館で寝泊まりすることでした。」
こうして、榊原さんの22号館で寝泊まりする生活が始まった。
「荷物は多少重くなるけど、結局どんな重さでも今までヒッチハイクしていたので関係ありませんでした。」
榊原さんが背負っているリュックの中は、基本的には衣類が中心だ。洗い物はコインランドリーで済ませているので、洗剤などは小さい袋でいくつかに分けている。こうすることでさばることはないので便利だそうだ。
リュックに生活必需品をすべて詰め込むことで、最初は困ることはたくさんあったが、もう何年も繰り返してしまううちに慣れてしまったと榊原さんは語ってくれた。
「僕はもうパブロの犬状態(条件反射ですぐに体が反応する状態)になっているから、22号館の椅子に座るとすぐに寝れるようになっているんです。今では椅子も快適に感じています。」
体を洗う工夫
家のない早大生がシャワーを使う方法は3つあるという。
1つはもちろん、友達の家で浴室を使わせてもらうことだ。「友達にシャワーを借りる」ことは普通なら簡単にできるだろうが、榊原さんのようにかなり長い期間大学にいると多くの友達が卒業していってしまうものなのだ。就職して遠くに行ってしまうこともあれば、彼女とルームシェアする人もいる。榊原さんは、シャワーを貸してくれる友達を見つけるために、エアロビなどの体育の授業を意図的に履修し、早稲田の近くに住む早大生を見つけることもしたという。
しかし、友達の都合もあるので自分が風呂に入りたいときに毎回入れるとは限らない。
もう1つは17号館(生協のショップが入っているビル)にある体育会専用のシャワールームを無断で使うことだという。ボクシング部の友達に教えてもらったパスワードを使って、シャワー室に潜り込んでシャワーを浴びているというのだ。
「原則運動部員以外は使えないはずなんだけど、筋骨隆々のボクシング部員に交じって贅肉ぶよぶよの自分がシャワーを浴びることもあった。かなり気まずかったですね。」
17号館では地下1階(実質的には1階の部分)と地下2階の2か所にシャワールームがある。しかし、大学のシャワールームは9時で閉まってしまうし、人がたくさんいるときには入ることはできないのだ。
校舎内で裸になる覚悟
最後の1つは22号館のお湯の出る場所で体を洗うことだ。
22号館の水道なら24時間いつでも使うことができる。お湯が出る給湯所で頭と足裏を洗っているという榊原さんは、PC室の目の前に給湯所がある地下1階ではなく、もっと上の階を使うという。
「実は4階の男子トイレにシャワーのようなものがついているんです。タオルをあったかいお湯につけて体を拭くことはいつでもできるけど、裸になり、ボディーソープを使って全身を洗うのはそこじゃなくちゃできないと思うよ。」
階段をつかって降りてくる警備員の足音が聞こえてから服を着ていては間違いなく間に合わない。榊原さんのこの行為は、大学の校舎で裸になるという変態度MAXのものだが、並々ならぬ覚悟が伝わってくるものだった。
「2年前くらいですかね。エレベーターホールで寝ていたら22号館のドンのような警備員が来て、学籍番号も控えられたことがありました。でも22号館で泊まるのは一切やめようだなんて思いません。だってお金がないから仕方がないんです。」
しっかりとこちらを見ながら、強い口調で榊原さんは話していた。
では榊原さん、22号館はひと言でいうとどんな場所なんですか?
「22号館は「住めば都」という言葉が一番似合う場所だと思います。設備もしっかりしていて、体も洗えて、寝られて、ウォータークーラー完備で、ウォシュレットまである。最高の住まいじゃないですかね。」