【不定期連載】9浪はまいが9浪するまで〜幼少期編〜【初公開】




初めまして

私の名前は濱井正吾と申します。

今年30歳ですが、学部3年生をしている残念生です。

数多あるつーつーおーる!様の記事からこちらを選び、目を通して下さりまして誠にありがとうございます。

私は27歳で早稲田大学教育学部に合格し、現在、9浪はまいの名前でTwitterやYouTube(個人チャンネルはアラサー大学生はまい)で発信活動をしています。

大阪産業大学に推薦で入学した後に龍谷大学に編入して卒業し、社会人を2年半経験した後、2年4ヶ月受験勉強に専念して早稲田大学に入りました。

9年間、現状を脱出するために勉強を続けたので、私の中では間違いなく「9浪」なのです。

今日は、私の幼少期を書いていきます。

体育は嫌い、暗記は得意

私は兵庫県の丹波市というところの年収200万円世帯に生まれ育ちました。

小さい頃は沢山食べていたので、横にも縦にも体が大きく、身長は小学校5年生まで列の一番後ろ、体重は小学校2年生の時には肥満度59%を記録していました。

そのため、マラソン大会や50m走などをはじめとした運動はまったくダメで、もともと運動神経が良くないことも合わさっていつも体育の時間が憂鬱でした。

頭が良かったわけでもありません。

理数系のテストで50点以下を取ることもしばしばありました。

ただし、当時から漢字や社会科などの暗記科目は得意でした。

今思えば、文系科目に適性があったのだと思います。

私はできないことや、意に沿わないことがあれば怒鳴り散らされる教育を受けてきたので、先生の顔色を伺い、大人に嫌われないように努める子どもでした。

でもそれが、文系科目に必要な授業の出席や宿題の提出を真面目にやる姿勢につながったのだと思います。

両親、田舎への思い

幼少期の私は、内気で人目を気にする子どもだったのです。

そのため、大人受けは非常に良い児童でした。

この点は今の自分の性格や物事に取り組む姿勢につながっているので育ててもらった両親に感謝しています。

私は、地元の高校や職場に関しては苦言を呈することが多いですが、小学校での生活は楽しく送ることができたと記憶しています。

競争心がなく、誰とでも仲良くなれて、ちょっとした喧嘩はあれどすぐに仲直りができる純粋さ・素朴さを同級生は持っていました。

田舎のいいところを受け育った児童が多かったのでしょう。

だから今でも、私は小学校の同級生が好きですし、地元に帰るのは億劫でも、同窓会に参加はしたいと考えています。

のどかでゆったり構える空気を吸って暮らしたことが、秒刻みで目まぐるしく動く東京の街で今、心をゆったりと構えることにつながっているのだと思います。



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